小児科/呼吸器科/土曜・日曜診療/健康診断 宮城県名取市の「時計台クリニック」

文字の大きさを調節できます

  • 小
  • 中
  • 大

医療法人社団 近江医院

メインメニュー

ホーム › 院長時事通信

あの日から・・

20110411-1.jpg

4月11日、あの日からちょうど1カ月を迎えます。
時計台クリニックは、本日より午前診療を再開しました。当面は夕方5時までの診療となります。こんな誰もが大変厳しい状況にある中、たくさんの方よりほんとうに心暖まるご支援を賜りました。有難うございました。

お蔭さまで、ここまで来ることが出来ました。心より感謝いたします。

さて先日、仙台厚生病院の目黒理事長よりお見舞いのお手紙を頂戴し、その中で「・・戦後敗戦から見事立ち直った祖父母や父母たちに範を求め、必ずやこの国難を克服し、以て次の世代に引き継がなければなりません。それは生き残った者たちの責務でありましょうし、また私たち日本人は、それを迅速に成し得ると確信しております・・」とのお言葉がありました。

全く、その通りだと思いました。幼い命・若い命、あまりにも多くの尊い命が失われた今回の震災、生き残った人たち皆で力を合わせて、何が何でもやらねばなりません。都知事選後の石原氏のコメント「肩を組んでみんなでやろう・・」この言葉に集約されています。宮城も岩手も東京も神奈川もありません。皆、思いはひとつです。声を掛け合って、必ずや、青い空と安心して暮らせる緑溢れる街を取り戻そうではありませんか。

復興の誓い

謹んで地震災害のお見舞いを申し上げます。

千年に一度という・・大震災から2週間余りの避難生活を経て復帰しました。

3月11日午後2時46分、クリニック休診日、次男はちょうど腕の中。緊急地震速報が鳴り響く。大きな地鳴りとともにこれまで経験したことのない強大な、そして、とてつもなく長い揺れ・・・やっと収まり外へ出ると「10mの津波が迫ってるよ」と隣人の声。息つく暇もなく急ぎ長男を迎えに小学校へ。その後は家族で愛島ナスパを目指して夢中で走る・・深夜まで愛島・・その後、山を越えて仙台市太白区山田に避難、午前零時を迎える。

「何とか・・助かったか・・」

避難生活・・これまで当たり前のように手に入っていた、水・食料・電気・ガス・ガソリンその全てが無い。あるのは、皆々の勇気だけ。一緒にいることがどんなに心強いか、そう、地震・津波から命を守るのはコンクリートの堤防や建物ばかりではない、”絆の盾””絆の壁”が我々にはある。

全てを分かちあい、励まし合う時間が過ぎる。手際良く薪で火を起こしお湯を沸かしてくれた大工さん。そのお湯で体を拭いて生き返り、火を使いご飯も炊けました。キャンプ用の電灯を頼りに息を潜め、暖をとるため寄り添って眠った夜。避難場所近くの公園で、無邪気にはしゃぐ子どもたちの声に癒される一時。

そして・・・絶対に忘れない・・・数日後、電気が点いた午後1時36分のあの大歓声を!

後日、大量の瓦礫と真っ黒の泥に浮かんでいるような我が家と、フェンスが引きちぎられ、流木が溢れて変わり果てた姿になった公園を見て、津波の脅威に呆然。しかしそれも束の間、瓦礫と泥との格闘開始です。やるしかない。自分とは比べものにならないくらい、大変厳しい状況の方があまりにも大勢いるのです。絆・絆・絆・・いつか必ず復活する。

20110401-1.jpg 20110401-2.jpg
 
20110401-3.jpg 20110401-4.jpg

今、自分達に出来ること? クリニックの完全復活にはまだ遠いですが、少しずつ診療を再開しています。そんな夕暮れ、クリニックの駐車場には復興支援車両に貼られたステッカーが輝いていました・・「君 頑張れ」・・一人ではない。